ショートエッセイ いきもの語り

年老いた猫が寝たきりになり、見送りました。3年間このブログを開くことを躊躇っていましたが、コロナ禍で感じ続ける生きていることの奇跡と感謝をあらためて綴ってみようと思います。

飛んでいけ

玄関前のレモンの木にアゲハが卵を産みにきたので

卵がいくつもついた葉を部屋の中に持ち帰りました。

いくつも、なのに、孵化したのはひとつだけ。

シャープペンシルの芯みたいに細くて小さい子が出てきました。

 

それからひと月弱。

今朝、無事羽化して、ついさきほど羽ばたく練習を終えたようなので屋外へ帰しました。

 

あんなにたくさんの卵の中からたったひとつ生まれた命を

寄生されていないかはらはらしながら見届けた日々。

サナギを作ったのが周囲につかまれるものがない場所だったので

翅を乾かし終えるまで、緊張感が尋常じゃなかった。

あんなに必死に母蝶が産んだ卵が飛び立っていけるようになるまで

いくつもの難関があって、そしてようやく飛び立つのですね。

もうすぐ冬がやってくるのに。

どうか短い蝶生を謳歌してほしいものです。

 

蝶 羽化したばかり

 

見えなくても、生命

ここで、14年ぶりに咲いたそうです。
1本だけ。顔を出しました。
ツリガネニンジンという植物です。
 
14年間、地下で何をしていたんだろうね〜。
と、みなさんの声。
 いや〜、14年前からこの花がここにあった記憶があるなんて、みなさんの方もたいしたもんですよ。
と、私の心の声。
この小さな森が、都会の自然保護テスト区域に指定されるとかされないとか。
こんな小さな花一輪、記録に残しているのなら、十分モデル地区になり得ると思いますよ。私はさほど丁寧な活動をしていませんが、みなさんすごいですから。
 
それにしても、1本だけというのは、繁殖にはこころもとないね〜。
今年の気候で何かおかしなことになって出てきちゃったのかな〜。
とも、みなさんの声。
 
いずれにしても、私たちの見えないところに、たくさんの生き物が存在しているわけです。
生きているものがすべて見えている、
見えているものだけが生きているというわけではないということのようです。
 

VIVA YOUのフレーム

近所に、やる気のない時計店があって。
小さな店だけど、めちゃくちゃ好立地にあるので、背筋のしゃんとしたお年寄りが長年経営している敷居の高い店なのだろうと思っていた。
数年前置き時計の電池交換に仕方なく入ってみたら、
意外にもちょっとロン毛の40前後の男性がひとりだけでやっていて。
でも、そこにある時計も眼鏡も積極的に売るつもりはなさそう。たぶん親御さんの店を継いだのだろうなと。そんなお店。
 
 最近腕時計が2つ同時に止まったので、
あそこで電池を入れてもらうかと久しぶりに入ったら、
なんだかお取り込み中。
電話の相手に、半分腹を立てながら何らや弁解をしている。
お客様なのでかけ直します、とも言えない相手なのだろう。
私を見て、受話器を(そう、スマホでも携帯でもなく電話機を使っていた)持ったまま片手で「椅子にかけて待っていてください」と合図をくれたのだけど、
会話を聞いているのも申し訳ないし、次の予約もあるので、
また来ます!
と声をかけて外に出た。
 
1時間半ほど経ってまた訪ねてみると、
さっきはどうもと言い、
電池交換を頼むと、今すぐやるから待っていろと言う。
待っている間手持ちぶさたなので、店の中を見まわす。
ずいぶん使われていない様子の視力検査器があって、ああ、私の推測は当たっているなと思った。
奥の壁にはおそらくチェロが入っているだろう楽器ケースが立てかけてある。もしかしたらミュージシャンが本業なのか、この人。
ショーケースには20〜30ほどの眼鏡フレームが売られることもないだろうに並べてある。
中に、とても惹かれる綺麗なものがあって、こんな綺麗なフレームを置いているなんて、もしかしたらこの人、センスがいいのかしら、
と、ブランド名を見たら、
VIVA YOUと書いてある。
 
あ、そうか。
センスがいいのはこの人じゃなくて、やっぱり先代さんなのかも。
小さな時計&眼鏡店で、パリッとしたシャツを着た昔気質のおじさんが、街の人の視力を測っている光景が目に浮かんできた。
 
そして、再び動き始めた時計のひとつを腕に巻いて、綺麗なVIVA YOUのフレームに後髪をひかれながら店を後にした。
もしかしたら数年以内にその店はなくなるかもしれない。やっていけるはずがないもの。
いや、ひょっとしたらあの店が入っているビルのオーナーさんなのか?
現店主のことはあまり気にならないけど、あの眼鏡フレームと、きっとプライドを持って昔は経営していたはずの店の行く末が少し気になる。

 

雨上がりはキノコの日

今日はキノコの日。
と言っても食べるわけじゃなくて。
雨あがりの森ではおもしろいキノコに出会えるはずと思っていたけど、
こんなおかしなものが土の上でコロコロしているとはドッキリ。
 
 「フクロタケ」って小学校で習ったような気もするが、
エリマキツチグリというキノコだとか。
生で、しかも予想もしていなかったところで出会ってしまうと
どう受け止めてよいかわからず心臓がバクバクする。
先週「君たちはどう生きるか」を見たばかりということもあって、
この子たちが集団で襲ってきたらどうしようなんて想像したり。
 
憧れの埴沙萠先生にならって
胞子を飛ばす撮影にはもってこいだけど、
小枝でつついて胞子を飛ばすしかなく。
でもやっぱりキノコをいじめているみたいで嫌だな。
 
雨粒が落ちるとか、野生動物が踏んでくれるのを待っているのよね。
 
踏まれるのを待っているとは、キノコの先輩、おもしろいことをおっしゃる。
次回はスポイトを持ってきて雨粒がわりの水滴を落としてみましょうね。とキノコ先輩。
うまくいくかしら。
埴沙萠先生みたいな見えない世界を、森の中で、できるだけ自然な姿のままでつかまえること。
そんなことに挑もうとしています。天然素材を使ったちょっとしたゲームですね。

エリマキツチグリ

ネジバナは幸せの花

ネジバナを見つける幸せというものがあるようで、
ネジバナが咲いているよ、みんなに教えてあげなきゃ、
なんて会話が先月繰り広げられていました。
 
ほら、砂糖菓子とかガラス細工みたいでしょ、
 とクローズアップで撮った写真を見せてくれました。
私も、と、カメラを出したものの、そういう日に限ってクローズアップレンズを置き忘れているものです。
 
昨日ようやく探しあてたネジバナはちょっと時期が遅く、少ししおれているようですが、なんとかその姿を自分の手元に残すことができました。
 
小さな小さな花で、ねじれている姿がもてはやされるものですが、実はランの一種なので、菌根菌がなければ成長できない。
落葉や落枝、倒木にまつわる菌がないと花が咲かないのだそうです。
花は、その花だけで咲くことができない。そんなことを教えてくれる花です。
 
個人的には「ほら、ここにネジバナがあるよ」と、この花の存在を教えてくれたあるミュージシャンとの思い出もあり、ネジバナを見つけると、その後ろにあるいろいろなことがボワっと思い浮かびます。
 
砂糖菓子、ガラス細工…そして、ラン科の花。
今年覚えたちょっとした知識はこの花の風景をさらに大きく広げてくれました。
来年また出会うのが、楽しみです。

ネジバナ Lady's tresses

オニヤンマ 羽化しました

トンボの羽化って難しいんですよ。
と、美容師さん(私の担当ではない人)が、髪を切ってもらっている私に声をかけてきた。
その人にとって私は(私にとってその人も)「羽化友達」なので、会話といえば蝶やセミの羽化の話になる。
 
トンボの羽化は、水からあがったヤゴを観察するか、ヤゴを水で育てながら観察するか。
 家で羽化を見るのは、相当難しいらしい。
なるほど、次はトンボに挑戦か?
と思いながら、ヤゴを育てる自信もないので、あえてトンボについては自分事にしないようにしていた。
 
一昨日は雨予報だったので、レインスーツに長靴と、いつでも降っておいでなさい、と全身で表現していたのに、降りやしない。
せっかくなのでと、小川の中にじゃぶじゃぶ入って、普段目にすることのない角度から森を見ていた。
すると。
ん?んんん?
なんだあれは?トンボ?いや、巨大すぎる!おもちゃか?
小川の中に、長さ15cmほどのあまりに大きなトンボを発見!
近づいても逃げようとしない。
こんなところに誰が作りものを!と思ったら腹をぴくぴく動かした。生きてる!
 
よく見ると、ははぁ。ヤゴの抜け殻が体の下にあるではないですか!
羽化したてのオニヤンマ。
蝶やセミの羽化の観察をしてきたので、
この格好は、生まれたてで羽を乾かしている状態だと理解する。
もうあと数時間早くここに来ていれば、天然の羽化を見られたかもしれない!
と、欲張る私は次回の森林観察も長靴作戦をと練り始めた。
 
まあ、入れる時間が限られている保護林なので、なかなか難しいんだけど、それでもね。
普段見ない角度からの風景には、普段見られない生き物の活動が潜んでいて。愉快、愉快。
最近いろいろ行き詰まることが多くて、毎日「方違え、方違え」と、視線を変えていたことが、こんなところで楽しみを与えてくれた。のかな。方違え、もう少し続けてみることにしますかね。

オニヤンマ 羽化したて

木の花が少し早くて

桜も早いけど
木の花がみんな早く開いて。
 
風が実を結ぶ手伝いをしてくれるといいのだけど、
虫にはまだ少し早い。
 そんなことがちょっと気がかりです。
 
アカシデの花も早いらしい。
いつもなら一緒に開く葉の陰に隠れていたのかな。剥き出しの花が目につきます。
よくよく見たらその花は蘭にも似ていて。
私たちのお花見の尺度ではわからない
小さな世界の堂々としたつくりをしていて。
 
最近ちょっと滅入ることが続いていて。
私に話を聞いてほしいのか誰かのことを口汚く罵り続けてきた人が、お前の事なかれ主義が許せないと、今度は私に口撃対象を切り替えた。
苦手なんだ。口撃って。
静かにやることをやっている人こそ応援したいと思うんだ。
 
にしても、花が早いよね。
黙ってコツコツ実を結ぶ木々の作業を妨げているのが私たち人間なんだったら、
それは即刻猛省すべきなんだけど。
そんなことを考えて、今、次の仕事に。新しいテーマに取り組んでいます。

アカシデの花