ショートエッセイ いきもの語り

年老いた猫が寝たきりになり、見送りました。3年間このブログを開くことを躊躇っていましたが、コロナ禍で感じ続ける生きていることの奇跡と感謝をあらためて綴ってみようと思います。

ニホンミツバチの門番

ミツバチがかわいい。
と、旧い友人が語っていた。
 
うん。「自然派」(とくくってしまうのは好まないが)の人たちがミツバチを大切に思っているのは知っている。
でもね、怖いじゃない。
 針持ってるし。集団でいつ襲ってくるかわからない。
花をさがす丸っこいマルハナバチをかわいいと思ったことはあるけど、
それ以外のハチは…ねえ。
 
でも、彼女が何をもってかわいいと言っているのか、それを知りたくて、
筑波山の麓に移り住んだという彼女を訪ねてみた。
片道3時間半。なかなかの旅だ。
北に筑波山。南は一面の水田。
「一目惚れしてここを買ったの。陽が十分当たるし、夫との老老介護を考えて好きな建築家にデザインを頼んで」
と、望みどおり作った住まう場所に蜂の巣タワーが5つ。ニホンミツバチを5群れ飼っているのだそうだ。
 
「たぶん今は成虫になったハチが飛ぶ練習をする時間ね」
と、わんわん騒ぐハチの群れを見て言う。「時さわぎ」と言うのだそうだ。
で、タワーの入り口に指を添えて、
「今は機嫌が悪くないみたいだから、ここに指を出しても襲ってこないよ。
機嫌が悪い時は体当たりしてくるからわかるの」
と教えてくれた。
 
入り口に顔を近づけてよく見ていると、後ろ脚に朱色や淡黄色の花粉だんごをつけたミツバチが帰ってくる。
そこに、飛ばずにうろうろしている一匹がいる。あれ、これ飛べないのかなと思っていると、
「門番だね」
と、彼女。
敵が入ってこないように、この群れならではの臭いをつけていて、敵の侵入を見守っているらしい。
 
「ミツバチを見ていると、よく働くな〜働かなきゃと思うのよね」
そう話す彼女は、植物の遺伝子の研究者で、植物の菌根菌を好む遺伝子を世界ではじめて特定したチームにいたらしい。
そして今、「仕事」をやめて、自力で生きることを自らで試しているという。
 
なぜ私が彼女に会いに、往復7時間かけて行ったか。
彼女がとても綺麗だったから。何十年かぶりに再会した時、ああ、この人はいい生き方をしてきたんだなと感じたから。
 
彼女が手をかけている庭でたんぽぽのタネ飛ばしを試す。
でも、扇子を使っても飛ばない。
「これは、明日飛びたいタネだね。今日はまだ早いみたい」
たんぽぽの気持ちになって会話をするなんて、子どもの時みたいだ。と、ちょっと可笑しくなった。
 
お土産に、ニホンミツバチの百花蜜をたっぷりいただいた。
こんな貴重なものを…と、お金に換算して食べ物の価値を考える自分にあらためて気づく。
帰りは、お勤めの人が帰宅する時間に重なった。
都心から下を向いて地下鉄に乗ってくる人たちも、みんなそれぞれ人生という流れの中にいる。好んで作った流れなのか、そうではないのか。
可能な限り、自分で望んだのだと思える生き方になると嬉しいのだけど。(自分ももちろん、ね。)

飛んでゆけ