
名前がつなかない、それがいい

失ったことに気づかないということとホタル
毎年梅雨のはじめ頃になると、
都内の自然保全地域でホタルの観測をしています。
周囲の街頭や民家から漏れる強い光を遮るために一部に紗幕を張るので
関係者以外の方の楽しみというわけにはいかないのが申し訳なく残念です。
それでもほんの数匹外に飛び出ていくものがいて、
柵の外から時々歓声が聞こえます。
ホタルの映像をFacebookにあげると、
80代の知人が、
50年前に子どもたちと真っ暗な中、ホタルを見に行ったことを思い出した、
とコメントしてくださいました。
私も、親の故郷の小川に、いとこたちとホタルを見に行ったことを覚えています。
私たちはいつ周りにあったはずのホタルの光を失ってしまったのでしょう。
自分の体の周囲をホタルが飛び交う体験など記憶しないまま大人になる人が普通の時代なのですね。
ホタルは、もしかしたら人として以上に、
生き物として失ったものが多い日常を気づかせてくれる存在なのかもしれません。
こんなに美しい生き物を周囲から失くしてしまうというのは、小さな光の話ではなくずっと大きな話なのかもしれません。

正解のひまわり 母の日に
母にはなれなかったし、
母とは特に子どもの頃あまりいい思い出がなかったので
毎年この日は少しだけどんよりするのだけど、
街は楽しそうなので、
お花屋さんに立ち寄って、
明るい色の花をちょっとだけ買ってみた。
正解。
花があると明るくなる。
いろいろね。
母が留守だったので、居間の入り口に向けて飾っておいたら、帰ってきたらしく、
あら!
と嬉しそうな声が聞こえる。
正解。だったらしい。
失敗ばかりじゃないんだよね。
いろいろね。

アオゲラと、心の内での丁々発止
小雨が降っていました。
天気の変わり目はいつもと違う生き物に出会えるチャンスです。
と言っても、そうそう珍しい姿を拝めるものでもありません。
狙っていたサワガニには出会えませんでした。
でもこの日は
アオゲラが、ずっと同じ場所で高い声をあげているようだったので、砂地化している急斜面が泥になる前にと、上ったり下りたり。アオゲラのいる木を見つけようとしましたが、鳴くのが十数分に1回程度なのでなかなか木の特定ができません。
ドラミングもしていないし。難しい。。。
ようやく探し出せたのは、いちばん上の大きなミズキ。
新しい穴で何か作業をしていた様子。
私が顔を出すと、サッと穴から外れて、葉の陰に隠れました。
でも、ずっとそこにいるので、
こちらも顔が見える場所にそっと体をずらして、
15分ほどじっと見つめていました。
何もしないから安心してね〜〜〜。
目の前で鳴いてくれないと帰らないからね〜〜〜。
と伝えながら。
ようやくカメラの前で鳴いてくれたので、ありがとうと言って崖をくだっていきました。
そんな上り下りの苦労をしなくても、普通の人が出入りできる公開施設のテラスから穴が見えそうだったので、
崖を下って、階段を上がり、大回りをしてテラスに向かったら、
さっきはすぐ目の前にずっといたくせに、誰か来た!と察して十数メートルも近づけさせてくれず、スッと飛んで行ってしまいました。
同じ目線の高さに来るものは、怖いのでしょうか。
そんなところで、安心して子育てができるんでしょうか。
こちらとしてはしばらく観察できそうなものを見つけられて嬉しい限りなのですが。

フクロウ シーズン に想う

アゲハの学校
