ショートエッセイ いきもの語り

長くテレビ番組制作に携わってきた者です。年老いた猫が寝たきりになり、見送りました。3年間このブログを開くことを躊躇っていましたが、コロナ禍で感じ続ける生きていることの奇跡と感謝をあらためて綴ってみようと思います。

2026年7月26日 東京に突風が

2026年7月26日
東京で雷雨とともに突風が吹き、近隣住民の散歩コースにあった大島桜が倒れました。
その知らせを、1500km離れた島での仕事(撮影)中に聞きました。
普段私が軽くジョギングをするコースにあるので、今月帰京して走っている時ちょうど作業員の方々が大島桜を切り刻みはじめているのを見かけました。
とても寂しい思いです。
つい先日、やはり久しぶりに自然保全地区に入ると、
こちらでは、イロハモミジの大木が倒れていました。
この地区を象徴する湧水の流れを覆うように。
そこはホタルが多く飛び交う場所で、トンボたちも羽化するところでもあるので、その光景に衝撃を覚えました。
どうする?
自然のまま朽ちてゆくのを観察し続けるのもありだけど?
という議論が始まりましたが、
せめて流れを覆っている部分だけでも
自分たちの手でなんとかして取り除かなくては。
希少植物も押し潰されてしまっているので。
あの日倒れた木々をマッピングしてみると、
一列に並んでいます。
気象庁の発表にはありませんが、小さな竜巻が発生していたと考えられなくもないよね、という声も。
雨も風も、
この数年ずっと怒っているように感じます。
私たちの手でその怒りを鎮められないものでしょうか。
ほんとうに、できないことなのでしょうか。

イロハモミジ倒れる

セミは浮気者?

蝉が、ふくらはぎにとまった。

 

終電間際の駅のホームで。

私のロングスカートが植物柄だったから?

ジジと鳴いてしがみついてきた。

 

蚊みたいに、バンっとたたいてしまうことも

蝿のように風で追い払うこともできないけれど

電車に連れ込むこともできないから、

ドンっと足踏みをしてびっくりさせる作戦に出た。

 

確かに彼(もしくは彼女)は足から離れはしたが

遠くに行かず、私の足下に落ちてしまった。

 

もうあと2分もすれば、酔っ払いを大勢乗せた都心からの電車が到着して

酔っ払っていても整然と歩く都会の人たちの行列に踏みつぶされてしまう。

 

珍しくたくさんいる若い駅員さんたちも

私の後ろに並ぶ人たちも、ここにいる小さな命の危険など誰も察していないようなので

やはり、私が彼(または彼女)を安全な場所に連れていくしかないのだろう

と、

彼(または彼女)の脚に触れた。私の指につかまってくれと。

蝉は動じることもなく、しばらく私に触れられたままじっとしていたが、

何を感じたのか、急にまた、ジジと言ってどこかへ去っていった。

 

私は、昆虫にも感情や意思があると、もう何十年も固く信じている。

(かつてそういう現場を見てしまったので、信じざるを得ないのだ。)

だから、同じホームにいる幾人もの人の中で、私を選んで寄り添ってくれた一瞬を光栄に思っている。

もしかしたら、何人ものふくらはぎを渡り歩く浮気者だったかもしれないけれど。

目の前で羽化したばかりのミンミンゼミ

 

やっぱり世の中知らないことばかり

このキノコは何という名前ですか?
と聞くと、
詳しい方からはこう返事がきます。
写真だけではわかりません。
少なくとも傘の裏側を見せてください。
ですが、このフィールドで年2回調査を行っている方々によれば、
「ここで採取されたこの手のものはウグイスハツということにしています」
とのことなので、
ならば「ウグイスハツ」と、私のメモには記しました。
日本の図鑑にもまだ載っていない“新種”だそうです。
傘の表が薄緑色のきれいなキノコです。
キノコにはいろいろな虫がやってきます。
いちばん目につくのは雑食性のダンゴムシ。
モデルさんとしてはあまり好ましくないので、
最近は、ちょっとごめんね〜と言いながら、キノコにカメラを向ける時間はキノコから降りてもらうようにしています。
この時も、
ごめんね〜と払い除けた「虫」のひとつが少し白っぽかったので、メラニン色素の少ないダンゴムシかと思っていました。
家に戻って確認すると、
小さな小さなカタツムリ。生まれてそんなに時間が経っていないのでしょうか。
すぐ目の前にいたものが何なのか確かめようとしていなかった。まだまだだな、自分。
と思いながら、よくぞこの時ここにいてくれたと、出会いに感謝したりして。
キノコの子実体を食べて、体内に取り込んだ胞子を離れた場所に連れていくのだそうな。
キノコにとっては風と同じ役割をしているんですね。
ん?待てよ。カタツムリの方はどうやって子孫を残すんだ??
いつもながら思います、世の中知らないことばかり。

ウグイスハツかな

名前がつなかない、それがいい

このキノコの名前は専門家でもわからない
と、決まりました。

名前のつかないキノコ
キノコの大家がおいでになって、このあたりにどんな種類のキノコがあるか、
1年に2回調べています。
私は珍しいキノコとの出会いを楽しんでいるだけなので、
採取しての調査の邪魔になると、調査隊のみなさんとはいつも別行動をしています。
そして、調査を終えた方々に聞きまくるのです。
このキノコの名前は?
この数年、キノコを見かけると胞子を飛ばしていないかとりあえず調べてみます。
黙ってそこに存在するものがほんとうに生きているのかを確認しないと気が済まない性分なのかもしれません。
このキノコたちは、台風を迎える前の雨の中、集団で生きてますよ〜と訴えていました。
調査後の方にこのキノコの名前は?と尋ねたところ
 
名前がつかなかった
 
と返事がありました。
決して新種というわけではないのでしょうが、図鑑に載せることも難しいものがキノコの世界にはまだまだあるようなのです。
そう聞いて、どこかホッとしています。
人間の手に負えないもの、知らない自然物が地球上にはいっぱいある。
それが面白いんです。

失ったことに気づかないということとホタル

毎年梅雨のはじめ頃になると、

都内の自然保全地域でホタルの観測をしています。

周囲の街頭や民家から漏れる強い光を遮るために一部に紗幕を張るので

関係者以外の方の楽しみというわけにはいかないのが申し訳なく残念です。

それでもほんの数匹外に飛び出ていくものがいて、

柵の外から時々歓声が聞こえます。

 

ホタルの映像をFacebookにあげると、

80代の知人が、

50年前に子どもたちと真っ暗な中、ホタルを見に行ったことを思い出した、

とコメントしてくださいました。

私も、親の故郷の小川に、いとこたちとホタルを見に行ったことを覚えています。

私たちはいつ周りにあったはずのホタルの光を失ってしまったのでしょう。

自分の体の周囲をホタルが飛び交う体験など記憶しないまま大人になる人が普通の時代なのですね。

 

ホタルは、もしかしたら人として以上に、

生き物として失ったものが多い日常を気づかせてくれる存在なのかもしれません。

こんなに美しい生き物を周囲から失くしてしまうというのは、小さな光の話ではなくずっと大きな話なのかもしれません。

ホタル2026



 

 

正解のひまわり 母の日に

母にはなれなかったし、
母とは特に子どもの頃あまりいい思い出がなかったので
毎年この日は少しだけどんよりするのだけど、
街は楽しそうなので、
お花屋さんに立ち寄って、
明るい色の花をちょっとだけ買ってみた。
正解。
花があると明るくなる。
いろいろね。
母が留守だったので、居間の入り口に向けて飾っておいたら、帰ってきたらしく、
あら!
と嬉しそうな声が聞こえる。
正解。だったらしい。
失敗ばかりじゃないんだよね。
いろいろね。

ひまわり

アオゲラと、心の内での丁々発止

小雨が降っていました。
天気の変わり目はいつもと違う生き物に出会えるチャンスです。
と言っても、そうそう珍しい姿を拝めるものでもありません。
狙っていたサワガニには出会えませんでした。

でもこの日は
アオゲラが、ずっと同じ場所で高い声をあげているようだったので、砂地化している急斜面が泥になる前にと、上ったり下りたり。アオゲラのいる木を見つけようとしましたが、鳴くのが
十数分に1回程度なのでなかなか木の特定ができません。
ドラミングもしていないし。難しい。。。
ようやく探し出せたのは、いちばん上の大きなミズキ。
新しい穴で何か作業をしていた様子。
私が顔を出すと、サッと穴から外れて、葉の陰に隠れました。
でも、ずっとそこにいるので、
こちらも顔が見える場所にそっと体をずらして、
15分ほどじっと見つめていました。
何もしないから安心してね〜〜〜。
目の前で鳴いてくれないと帰らないからね〜〜〜。
と伝えながら。
ようやくカメラの前で鳴いてくれたので、ありがとうと言って崖をくだっていきました。

そんな上り下りの苦労をしなくても、普通の人が出入りできる公開施設のテラスから穴が見えそうだったので、
崖を下って、階段を上がり、大回りをしてテラスに向かったら、
さっきはすぐ目の前にずっといたくせに、誰か来た!と察して十数メートルも近づけさせてくれず、スッと飛んで行ってしまいました。
同じ目線の高さに来るものは、怖いのでしょうか。
そんなところで、安心して子育てができるんでしょうか。
こちらとしてはしばらく観察できそうなものを見つけられて嬉しい限りなのですが。

アオゲラ