ショートエッセイ いきもの語り

年老いた猫が寝たきりになり、見送りました。3年間このブログを開くことを躊躇っていましたが、コロナ禍で感じ続ける生きていることの奇跡と感謝をあらためて綴ってみようと思います。

東京も雪が積もったよ でもね、投票に行こう

投票に出かけた時間が、おそらく最も雪が多い時間帯でした。
この辺りでは年一度あるかないかのことなので、
出かけるならついでに、「森」の様子を見に行ってみようと、投票所とは反対の方角に足を向けたのですが、
想像以上の積雪があって、引き返すかどうするか迷ったものの、
歩く場所を選べば1㎞以上先の目的地に行けるかも、
と、様子を見ながら進みました。
太陽はほとんど雲に隠れていましたが、薄日でも影響があるのか、広い道の北側は南側に比べて積雪量が圧倒的に少なく、
車通りも人通りもあまりないので、
余裕で「森」をのぞける公開区域にたどり着きました。
 
雪は、わんわん降っていました。
森の中は静かでしたが、時折小鳥の声がします。
雪が降ると小鳥の個体数がぐっと減ると聞いているので、
心配になります。
 
投票所に向かう時、やはり「北側」を歩いていると、
ぽっこり雪が積もっている箇所がちらほらありました。
舗装された道の枯葉の上。
そこだけが、ひんやりしているのでしょうか。
ひんやりしているくせに、なぜか生命の温もりもあるようで、
ちょっとかわいらしかったので、スマホでその姿を残しておきました。
 
予報どおり、昼過ぎに雪が止みましたね。
投票所になっている小学校の校庭は午前中は真っ白だったので、
そろそろ大きな水たまりになっているかもしれませんが、
みなさんぼちぼち出かけて、投票に行くといいなと思っています。
投票するという行動をとっておかないと、政治に文句を言えませんからね。(と、思っていつも投票券を持って出かけています。)

東京でも雪が積もったよ

枯葉の上に積もる雪

アオジとカワセミ、写真の楽しみ

寒い。
外に出るのが面倒だ。
 と思いつつ、カメラを携えて家を出ると、今日はどんな鳥に会えるだろう。という楽しみの方が強くなってくる。
ただ、今日はほんとうに寒くて。
寒すぎたか、レギュラーメンバーにしか会えなかった。
絶対に会えるアオジ
ほぼ確実に会えるカワセミ
 
カワセミのオスメスの見分け方は今年に入って学んだ。
クチバシが赤いことに気づいたから。
クチバシの下が赤いのは、メスですと。
ということは、
今年会っているカワセミはほぼメス。
この川縁に何羽いるのか知らないけれど、
クチバシの赤い女の子は、かわいい。
アオジも撮ってくれといわんばかりに大量にいるので
(数年前までスズメだと思っていた!)
しょうがないなあ…とカメラを向けた。
あまり顔相が良くないんだよ、アオジ
と思っていたけれど、あれ?なんか今日の顔は穏やかだ。
もしやと思って雌雄の見分け方を調べてみると、
穏やかな顔をしているのがメスで、
オスは黒いマスク(プロレスのような顔面を覆う)をつけているそうな。
なるほど、これまでちゃんと見ていたのはオスだったのか。

アオジ(メス)
ということで、
穏やかなアオジ女子と
カワセミ女子のシルエット。
が、今日のいい感じなところ。
思えば13年前に、写真は面白いと教えてくれた人がいて、
小さな写真教室なんかに通ったりして、
そんなことがなければ、こんな風にひとり遊びができなかったなぁ。
寒い日にひとりで出かけるなぞありえなかった。
人は、変わる。ちょっとずつね。

カワセミ(メス)

蝶の朝食

ふつうの小さな蝶々です。
たいして珍しくもない。
 小さすぎて気にもとめない。
もし黒い紋がなければ、ひょっとしたら珍しい種だったかもしれない。
 
朝食後、
少しだけふらふら歩いていたら出会いました。
それだけのご縁です。
でも
よくよく見ると、かわいいです。とてもとても。
この花の上で無心に蜜を求めていました。
 
昨日、
7億年前に誕生したと言われる生物の研究者と話をしていて、
そりゃそうだと思うのですが、
生き物の構造のすべては、食べることに集約されている。
それを確認したところです。
 
以前私の部屋で羽化したアゲハは、
満腹を感じなかったのか、
皿の上に置いた蜜を吸えるだけ吸って、
飛ぼうとしてもボトっと下に落ちるほど
重い体になってしまいました。
 
自然界の蝶は花の蜜を少しずつ少しずつ体に入れていきます。
それがその日最大の目標で、おそらく唯一の仕事です。
きっとこの花にはたくさん食べ物があったのでしょう。
ちょっとずつ近寄っていきましたが、
こちらを気にせず、しばらくここでくるくる回っていました。
今日は何を食べましょう。
明日の朝は何を?
生まれてこのかたずっと「食べる」を続けてこられたことに、感謝しようと思います。

クロマダラソテツシジミ

緊張型頭痛

この世の締めがこういうこととはうまく仕組まれたものだ。
その時痛みをこらえながらこのまま息絶えるのかと、妙に納得している自分がいた。
 
 わが人生で、ほぼ最初の記憶を共有しているはずの人(平たく言えば幼稚園の同級生)の消息が半世紀以上ぶりにわかって、それが偶然制作中のテレビ番組の取材相手で、
それを先方にどう切り出すか2ヶ月悩んだ挙げ句の今週。Xデー、Xタイム。
小1時間のリモート取材は自分自身気づかずとも心拍爆上がりだったようで、最後にその話を切り出すと、突然激しい頭痛に見舞われた。
先方は私が口にした事に驚きながら記憶を辿りはじめどんどん嬉しそうになるのだがこちらはそれどころではなく、
ほぼ強制的にリモートを切り上げた。
 
命はどうやらとりとめたらしいが、2日後に(翌日は祝日だったので)近所のかかりつけで、叔母がくも膜下だったんでと言ったら、別のクリニックに手紙を書いてくれて、それを持って脳神経科へ。
医師間の手紙ってどんなだろうと封を切りたかったが、我慢我慢。
クリニックに行くまでの間に、もう大丈夫かなと思って、恐る恐る腕立てをしたらまたひどく痛んだと言うと、
そういうことは診断が出る前に絶対やってはいけない、と、脳神経科医に叱られた。
検査の結果、とりあえず悪い痕跡(状態)はない、と言われたので、
結局何の痛みだったのでしょう?
と聞いてみたら、
緊張性の頭痛ではないですかね
というお返事。
 
そりゃ緊張していたもの2ヶ月間。
人生ほぼ最初の記憶の共有者が突然現れたのだから。そしてその意味を探り続けた自分の結論が「こりゃ人生の結び終わりだね」と思うほど。
先方は翌日、半世紀以上ぶりの偶然があったことをあちこちに話していたらしい。
と同時にどんどん記憶がよみがえってきたとか。
「海馬恐るべし」
とメールが来た。さすが医学の研究者らしいお言葉で。
(記憶の保管庫が海馬なのか、大脳皮質なのかはさて置いて。)
 
とりあえず、もう大丈夫だろうと診察の翌日森に行ってみたら、こんどは昆虫の研究者が草むらを覗き込んでいるので、
何がいますか?と訊ねると、
タマゴタケ
と。
それ、2年越しで会いたかったキノコだ!
と興奮してしゃがみ込んだらまた激しい頭痛に見舞われた。
わかりやすいなぁ…この頭。
 
しばらく何事にも動じない、静かな日々が必要だ。
ああそういえば、今日はこの後、名古屋に住む姪が
「すや」の栗きんとんを持ってきてくれるんだった。嬉しすぎる。。。くわばら、くわばら。

タマゴタケ

本日のキノコはポルチーニでございます

胞子の映像を撮るって、いつも同じで変わり映えしなくない?
と、キノコに詳しい方が、
私に胞子を撮れと自分が言った、さぞ私がつまらない思いをしているだろうと思っていらっしゃったようで、
そんなふうに声をかけてきた。
いや、全然!
どうやって見えないものを捉えるか…おそらくこれは釣りに近い感覚ではないかな。
 
それはともかく、雨の合間の今日はまさにキノコ日和。
限られた時間では足りない足りない。
あちらこちらにわんさかキノコが顔を出していましたよ。
そしてそのキノコを虫たちが食べに来る来る。
地下でも地上でも、なんとかみんなで猛暑と乾燥を乗り越えられたようで、ほんとうによかった。。。
 
そういえば、年に1本ぐらいポルチーニ茸が見つかるところがあるから、今日あたり出てるといいわね。
とその方が言うので、
あとで行きますね!と追いかけたら。
こんなことになってる!
と、何本も何本も姿を現したポルチーニ茸にその方が目を丸くしていました。
 
実は胞子だけじゃなくていろいろ撮りたかったのだけど、保護区の鍵を閉める人のために早く出なければいけないので、どの個体が胞子を出しているか、あわてて選別。
どうもキノコは若い個体より、もうダメというぐらいちょっと年老いたキノコの方が次世代につなぐ胞子をたくさん飛ばすようで。
 
近年のキノコの研究者は、キノコを見ても、それが何の種類なのか同定ができなくなってきていると聞きました。
顕微鏡とかゲノムとか、そういうことがないと種類がわからないくらい同定が難しいらしいので。
ですが、かつて同定されたキノコが「そこ」にあるというのは、
今年も菌が「そこ」で生きているということなので、
同定可能らしい。
 
しかしなんでかなあ。なんでこんなことが無性に楽しいんだろう。
最初はキノコには一切興味を持たなかったんだけど。
で、これは、ポルチーニ。食用に持ち帰ることはしませんでした。これまたキャッチ&リリースと同じ、なのかな。

ポルチーニ茸胞子を飛ばす

キノコはどうしているでしょう

さて、
キノコです。
おそらく特別なキノコではないと思われます。
キノコ種は同定が難しいので、専門家が教えてくれたもの以外は私が名を語ってはいけないようです。
 
で、キノコですが、やっぱりおかしいです。
雨が降らない。
気温が高すぎる。
土がぽこぽこ乾いていて、
昨年までほどキノコに出会える確率が少ない。
今日は気温が高く、屋外活動時間が制限されていたせいもありますが、それでもまともに柄(え)のあるキノコは
これひとつだけしか見かけませんでした。
菌が土の奥で生きていてくれれば良いのですが、
万が一菌が死んでしまっていたらと思うとぞっとします。
この3haの森は
都内では珍しくキノコ種の多いところだと
非常に有名なキノコ学者さんがおっしゃっているのですが。
 
私たちは来年、再来年も
今と同じように生きていられるのでしょうか?
本気で考えてしまいます。
生きていられたとしても、
たくさんの生き物と出会えることが少なくなるのは
寂しいです。

名が判明したらいいのですがとりあえずキノコです
 
 

フクロウの「遊び」

一昨日、近隣の子どもさんが、
「フクロウが3羽いる」
 と、ネイチャーセンターに報告にきたそうです。
それを聞いた職員の方が目撃場所に行き、さらに私たちのリーダーも行き、私にも連絡が入ったので日暮の時間帯(ちょっとした茂みの中で、真っ暗でした。ほとんど肝試し状態。)に行き。
でも、誰もフクロウを見かけることができませんでした。
そのフクロウが、成鳥なのか、若鳥なのか。それもわかりません。
若鳥なら私たちの森出身の子に違いないのですが。
 
昨日、その、子どもさんの報告を受けた職員さんから再度その話を聞いたので、
ダメもとで〜と、もう一度その場所に行ってみました。
そうしたら…いるではないですか!
若鳥です!
成鳥の具合からして、おそらく森の巣箱で生まれたあの子たちの中の1羽でしょう。
人が通る小道のすぐ近くにいました。
そしてもう1羽、遠くで動いているようです。
残念ながら3羽ではなく、確認できたのは2羽どまりでしたが。
 
近くにいたフクロウは…実際に見ている時は逆光でよくわからなかったのですが、
ずっと口に羽を1枚くわえていました。
羽繕いをする瞬間もあったので、自分の羽でしょう。
しばらくするとこちらを意識しなくなり、目線を外して、
羽を上に持ち上げて、風にあおらせ、ゆらゆらとその動きを楽しみはじめたようです。
一条の木漏れ日がその顔に差し込んで…なんと穏やかな光景でしょう。
 
大学で野鳥の研究をしていた姪にその動画を見せて、
これって、光の加減を楽しんでいるように見えるんだけど、
鳥もひとりで「遊ぶ」ってことをするのかしら?
と、「遊び」とは知的な産物ではないか?という疑問を投げかけてみたら
「フクロウは目で光の強弱を捉えづらいので、私には、光ではなく動きを見ているように思います」
というお返事。
う〜む。「動き」でもいいからさぁ。。。「遊び」ってものが何なのか、野鳥とか動物の心理とか知能とか、そんな研究があったら知りたいな〜。と、おばさんは思ったのだけどな〜〜〜。
質問が、伝わらなかったか。。。
 
まあ、何より。
巣立ってからひと月半。
元気でいてくれて、ほんとうによかった。

羽で遊んでいましたか?