ショートエッセイ いきもの語り

年老いた猫が寝たきりになり、見送りました。3年間このブログを開くことを躊躇っていましたが、コロナ禍で感じ続ける生きていることの奇跡と感謝をあらためて綴ってみようと思います。

VIVA YOUのフレーム

近所に、やる気のない時計店があって。
小さな店だけど、めちゃくちゃ好立地にあるので、背筋のしゃんとしたお年寄りが長年経営している敷居の高い店なのだろうと思っていた。
数年前置き時計の電池交換に仕方なく入ってみたら、
意外にもちょっとロン毛の40前後の男性がひとりだけでやっていて。
でも、そこにある時計も眼鏡も積極的に売るつもりはなさそう。たぶん親御さんの店を継いだのだろうなと。そんなお店。
 
 最近腕時計が2つ同時に止まったので、
あそこで電池を入れてもらうかと久しぶりに入ったら、
なんだかお取り込み中。
電話の相手に、半分腹を立てながら何らや弁解をしている。
お客様なのでかけ直します、とも言えない相手なのだろう。
私を見て、受話器を(そう、スマホでも携帯でもなく電話機を使っていた)持ったまま片手で「椅子にかけて待っていてください」と合図をくれたのだけど、
会話を聞いているのも申し訳ないし、次の予約もあるので、
また来ます!
と声をかけて外に出た。
 
1時間半ほど経ってまた訪ねてみると、
さっきはどうもと言い、
電池交換を頼むと、今すぐやるから待っていろと言う。
待っている間手持ちぶさたなので、店の中を見まわす。
ずいぶん使われていない様子の視力検査器があって、ああ、私の推測は当たっているなと思った。
奥の壁にはおそらくチェロが入っているだろう楽器ケースが立てかけてある。もしかしたらミュージシャンが本業なのか、この人。
ショーケースには20〜30ほどの眼鏡フレームが売られることもないだろうに並べてある。
中に、とても惹かれる綺麗なものがあって、こんな綺麗なフレームを置いているなんて、もしかしたらこの人、センスがいいのかしら、
と、ブランド名を見たら、
VIVA YOUと書いてある。
 
あ、そうか。
センスがいいのはこの人じゃなくて、やっぱり先代さんなのかも。
小さな時計&眼鏡店で、パリッとしたシャツを着た昔気質のおじさんが、街の人の視力を測っている光景が目に浮かんできた。
 
そして、再び動き始めた時計のひとつを腕に巻いて、綺麗なVIVA YOUのフレームに後髪をひかれながら店を後にした。
もしかしたら数年以内にその店はなくなるかもしれない。やっていけるはずがないもの。
いや、ひょっとしたらあの店が入っているビルのオーナーさんなのか?
現店主のことはあまり気にならないけど、あの眼鏡フレームと、きっとプライドを持って昔は経営していたはずの店の行く末が少し気になる。