ショートエッセイ いきもの語り

年老いた猫が寝たきりになり、見送りました。3年間このブログを開くことを躊躇っていましたが、コロナ禍で感じ続ける生きていることの奇跡と感謝をあらためて綴ってみようと思います。

厳しい銭湯

地方ロケの1日目が終了。今夜はバラ飯(※)の自由行動。

思い思いに街に繰り出していく中、もうひとりの女性スタッフと、銭湯にでも行こうかということになった。

そうだね、旅の疲れもあるし、この先もまだロケは続くし。広いお風呂にゆっくり入ろうか。でも、当てはあるのか訊ねると、さっきフロントで、商店街の広場の向こうにあると聞いてきた、という。

さすがは出来るADさんだ。手回しがいい。

ということで、早速彼女についていくことにした。

商店街の向こうの広場は人気もなく閑散としていた。ああ、なんかこうやって人気がない街もちょっと素敵。と見回していると、彼女の姿を見失ってしまった。

あれあれ?こんなところではぐれてしまうものかなと思いつつ、広場につながる小さな路地をいくつか覗いてみても彼女の姿がない。

人とはぐれた時ははぐれた場所に戻って待つのが鉄則。と、広場の真ん中で彼女を待つが、姿を現す気配がない。

仕方がないので、自分で銭湯を探すことにした。一旦ホテルに戻ってフロントで確認をしようかとその街のメイン通りを戻っていくと、道沿いに宝くじを売っている屋台のようなものがあった。そうだ、あの人に聞いてみよう。

宝くじを売る女性は、ああ、銭湯ならその商店街の中に入っていった左側にすぐありますよ。と教えてくれた。

ちょっと厳しいかも。でも、まあ評判のいい銭湯ですよと。

商店街の道は思っていたより狭く、店は開いていてもやはり人通りは少ない。

銭湯の看板を探して歩くが、左側にそれらしきものは見つからない。

とうとう、商店街を抜け切ってしまった。

あれ?なかったじゃないか、と思っていたら、なんだか風呂場の香りがしてきた。湯気を含んだ石鹸の香り。

見てみると、銭湯の看板はあれど、その姿はない。と、鉄のとびらが開いて、いかつい顔をした細身だが筋肉質な、軍事服のようなぴったりした制服を着た男性が現れた。

私の後ろから、2人組みの若い男性がやってきて、その男性に挨拶をした。

いかつい顔の男性は、若い2人組みになにやら叱責をして、「なら良し」と、彼らを迎え入れた。

「あの〜。こちらは銭湯ですか?」私はおずおずと声をかける。

「そうだけど。風呂に入りたいのか?」と、彼は太い声で聞いてくる。

「あ、はい」それ以上言えない空気。なんだか緊張する。

「あんたは、ダメだ」

「え?」

「男じゃないから。ここは、戦闘訓練を受けた男だけが入れる風呂だ。しかも中には厳しい規律がある。あんたみたいなふわふわした女性には開放してないんだよ、諦めな」

そう言って鉄の扉を閉められてしまった。

厳しい規律がある銭湯。

好奇心をそそられながらも、ADさんが入ったのはどうもここではないようだと、別の銭湯を探すことにした。

辺りはすっかり暗くなっている。

商店街は左に曲がっていたようなので、商店街を通らずとも例の宝くじ売り場にたどり着くのは他愛もなさそうだ。通りを左へと回って歩くこと数分。

そこにあったはずの宝くじ売り場は跡形もなく。ハズレ券が数枚、埃とともに風に舞っていた。

通りに佇む私は、体の中が芯から冷えていることにようやく気づいた。

 

※バラ飯とは。団体行動中、皆で一緒に食事をとるのではなく、思い思いに食事に行くこと。