少し帰宅が遅くなった。
人気の少ない住宅街のメイン通りを10分ほど歩き、もう直ぐ家が見えて来る、という駅から2つ目の信号のある交差点に、4、5人の人集りが見えた。
交通事故でも?
私も何か手伝うべきだろうか。きっと無視もできない。と思ううちに、現場との距離が縮まってゆく。
事故ではないらしい。
集まった人は遠巻きに、それ、を見ている。
何があったんですか?
とそこにいた紳士に声をかけると、紳士は黙って、角の家の塀の横に設えてあるゴミ置場を指さした。
ああ、これはどうにかしなくては。という思いになった。
ヒョウがいるのだ。
だけど、人を襲うでもなく、のんびりとしている。
そして私には、それはメスだと瞬時にわかった。
警察には電話をしましたか?
と訊ねると、したにはしましたがまだ到着していないし、こういう場合は警察でいいのでしょうか?と皆さん口々に言う。
もう一度かけてみましょう、と電話をかけた。電話の相手に、ええ、あの信号のところです。と伝える。
やって来たのは、警官ではなく、民生委員のようなのんびりしたおじさんだった。
飼い主を探さなくてはいけませんね、とおじさんは言う。
そりゃそうだ、野生のヒョウが東京にいるわけがない。
だけど、とおじさんは言う。
何か食べさせなければ。お腹が空いていたら人を襲うかもしれない。
集っていた人たちは、私に任せた、とばかりにいつの間にか去っていた。
ゴミ置場の家の向かいで、深夜にかかわらず食事の支度が始まったらしく、
その家の奥さんが、平たくたたいた鶏肉を3枚持って出て来た。
メスヒョウは、その匂いを嗅ぎ、ぱくりと一枚に噛み付いた。
あらあら。奥さんは、その噛み跡のついた一枚もともに、そそくさと家の中に鶏肉を運び入れた。
困りましたね。これじゃあヒョウが空腹になる。
私は牛乳を調達して、奥さんから借りた平たい器に牛乳をなみなみと注いだ。
すごい飲みっぷり。
ヒョウはいつの間にか、私に体を預けてまったりしている。
体を洗ってあげなくては、きっと気持ち悪いことでしょうと、シャンプーをしてみることにした。
奥さんがホースを伸ばしてくれたので、水とシャンプーを借りて、洗ってみる。
なかなか泡立たないが、なんとか全身に行き渡ったところで、奥さんが、ホースを片付けてしまった。
シャンプーを洗い流さないと、ヒョウが体についたシャンプーを舐めてしまうので、どうしたものか、何処かでタオルを手に入れなくては。
と思ったら、目が覚めた。
夢の中のヒョウの10分の1ほどの大きさのメス猫が、私の肩を枕に寝息を立てていた。