ショートエッセイ いきもの語り

年老いた猫が寝たきりになり、見送りました。3年間このブログを開くことを躊躇っていましたが、コロナ禍で感じ続ける生きていることの奇跡と感謝をあらためて綴ってみようと思います。

心地いいヒョウ

少し帰宅が遅くなった。

人気の少ない住宅街のメイン通りを10分ほど歩き、もう直ぐ家が見えて来る、という駅から2つ目の信号のある交差点に、4、5人の人集りが見えた。

交通事故でも?

私も何か手伝うべきだろうか。きっと無視もできない。と思ううちに、現場との距離が縮まってゆく。

事故ではないらしい。

集まった人は遠巻きに、それ、を見ている。

何があったんですか?

とそこにいた紳士に声をかけると、紳士は黙って、角の家の塀の横に設えてあるゴミ置場を指さした。

ああ、これはどうにかしなくては。という思いになった。

ヒョウがいるのだ。

だけど、人を襲うでもなく、のんびりとしている。

そして私には、それはメスだと瞬時にわかった。

警察には電話をしましたか?

と訊ねると、したにはしましたがまだ到着していないし、こういう場合は警察でいいのでしょうか?と皆さん口々に言う。

もう一度かけてみましょう、と電話をかけた。電話の相手に、ええ、あの信号のところです。と伝える。

やって来たのは、警官ではなく、民生委員のようなのんびりしたおじさんだった。

飼い主を探さなくてはいけませんね、とおじさんは言う。

そりゃそうだ、野生のヒョウが東京にいるわけがない。

だけど、とおじさんは言う。

何か食べさせなければ。お腹が空いていたら人を襲うかもしれない。

集っていた人たちは、私に任せた、とばかりにいつの間にか去っていた。

ゴミ置場の家の向かいで、深夜にかかわらず食事の支度が始まったらしく、

その家の奥さんが、平たくたたいた鶏肉を3枚持って出て来た。

メスヒョウは、その匂いを嗅ぎ、ぱくりと一枚に噛み付いた。

あらあら。奥さんは、その噛み跡のついた一枚もともに、そそくさと家の中に鶏肉を運び入れた。

困りましたね。これじゃあヒョウが空腹になる。

私は牛乳を調達して、奥さんから借りた平たい器に牛乳をなみなみと注いだ。

すごい飲みっぷり。

ヒョウはいつの間にか、私に体を預けてまったりしている。

体を洗ってあげなくては、きっと気持ち悪いことでしょうと、シャンプーをしてみることにした。

奥さんがホースを伸ばしてくれたので、水とシャンプーを借りて、洗ってみる。

なかなか泡立たないが、なんとか全身に行き渡ったところで、奥さんが、ホースを片付けてしまった。

シャンプーを洗い流さないと、ヒョウが体についたシャンプーを舐めてしまうので、どうしたものか、何処かでタオルを手に入れなくては。

と思ったら、目が覚めた。

夢の中のヒョウの10分の1ほどの大きさのメス猫が、私の肩を枕に寝息を立てていた。