これは、さくらの母親代わりだった先輩猫の「たな」の話です。
たなは、他界する直前、認知症になりました。
いえ、その前からお話をしましょう。
他界のちょうど1年前、19歳と半年を過ぎた頃、妙な咳をするようになりました。
少し留守をする予定があったので、咳がひどくならないようにと病院に連れて行くと、胸水が溜まったせいではないかと言われ、水を抜く処置をしてもらいました。
原因としてはまず、心臓の拍動が弱くなっているということ、そして確か1週間ほどの検査時間を経て、甲状腺の働きが悪くなっているからではということでした。
そこで、投薬治療を始めます。強心剤である「ベトメディン」(粉末)と、甲状腺ホルモン剤「メチマゾール」(錠剤)を処方してもらい、毎月合計6000円くらいの薬代になっていました。検査費等は別です。
ベトメディンは水で溶いてシリンジで口に流し込み、小さくカットしてもらったメチマゾールは、口の中に押し込みます。
錠剤は苦手なようで、時々ずるをして、私が手を放した途端、ペッと口から吐いたりするので、ごくりと喉が動くまで口をおさえたりしていました。
それが、約1年続いて他界したのですが、投薬をはじめてから他界するまで咳き込むことはなくなりました。
さて、認知症の件ですが、逆算してみると、逝ってしまう3ヶ月前くらいからトイレの場所がわからなくなったようで、粗相が始まりました。
部屋の中心からすればトイレ側の場所で粗相をしているので、なんとなくあっち、というのはわかっていたようですが。
そうこうするうちに、水やエサの器に、足を突っ込むようになりました。
目が見えなくなっていたのかもしれません。自分で飲んだり食べたりはできていましたが、食べる前後に足を突っ込むので、器もひっくり返らないものにかえました。
そして、ほんとうに晩年、亡くなる2週間くらい前からは、時々壁に向かってぼんやり立ちすくむことが多くなりました。
何かに悩んでいる人が壁や書棚に向かって自問自答しているような、そんな姿に見えましたが、本猫も、何をどうしていいかわからなくなっているようでした。
飼い主としては非常に心苦しいのですが、部屋を散らかされてもすぐに片付けることのできない、外出時や寝る時は、3畳ほどに区切った場所で、過ごしてもらうことにしました。
ジャンプもできないので、低めの柵を立てて。後輩猫のさくらは出入り自由でしたが、たなにはそこに居てもらいました。
かつては帰宅すると玄関まで迎えにきてくれた猫は、さすがに老齢になるとやって来ません。
名前を呼んでも返事をしなくなり、いつもじっとこちらを見ていたまなざしも、だんだん視線が合わなくなっていきました。
たなのいる世界はどんな世界なんだろうと想像したものです。
真っ白で、何もがぼんやりした気持ちのいい世界だったらいいのにと思いました。暗くで気分がふさいだ状態でなければいいなと。
この写真は、他界する一週間前くらいのもののようです。(日付を見てそうなのかと思いました。)
時々こうやってこちらをじっと見ていました。
いろいろなことがわからなくなっても、共に過ごしてきた者の存在を拒絶することなく、受け入れてくれていたということかと思います。
もし、彼女にいろんな記憶がなくなっていたとしても、肌感覚のようなものは、きっと残っていたんだと思います。