ショートエッセイ いきもの語り

年老いた猫が寝たきりになり、見送りました。3年間このブログを開くことを躊躇っていましたが、コロナ禍で感じ続ける生きていることの奇跡と感謝をあらためて綴ってみようと思います。

緊張型頭痛

この世の締めがこういうこととはうまく仕組まれたものだ。
その時痛みをこらえながらこのまま息絶えるのかと、妙に納得している自分がいた。
 
 わが人生で、ほぼ最初の記憶を共有しているはずの人(平たく言えば幼稚園の同級生)の消息が半世紀以上ぶりにわかって、それが偶然制作中のテレビ番組の取材相手で、
それを先方にどう切り出すか2ヶ月悩んだ挙げ句の今週。Xデー、Xタイム。
小1時間のリモート取材は自分自身気づかずとも心拍爆上がりだったようで、最後にその話を切り出すと、突然激しい頭痛に見舞われた。
先方は私が口にした事に驚きながら記憶を辿りはじめどんどん嬉しそうになるのだがこちらはそれどころではなく、
ほぼ強制的にリモートを切り上げた。
 
命はどうやらとりとめたらしいが、2日後に(翌日は祝日だったので)近所のかかりつけで、叔母がくも膜下だったんでと言ったら、別のクリニックに手紙を書いてくれて、それを持って脳神経科へ。
医師間の手紙ってどんなだろうと封を切りたかったが、我慢我慢。
クリニックに行くまでの間に、もう大丈夫かなと思って、恐る恐る腕立てをしたらまたひどく痛んだと言うと、
そういうことは診断が出る前に絶対やってはいけない、と、脳神経科医に叱られた。
検査の結果、とりあえず悪い痕跡(状態)はない、と言われたので、
結局何の痛みだったのでしょう?
と聞いてみたら、
緊張性の頭痛ではないですかね
というお返事。
 
そりゃ緊張していたもの2ヶ月間。
人生ほぼ最初の記憶の共有者が突然現れたのだから。そしてその意味を探り続けた自分の結論が「こりゃ人生の結び終わりだね」と思うほど。
先方は翌日、半世紀以上ぶりの偶然があったことをあちこちに話していたらしい。
と同時にどんどん記憶がよみがえってきたとか。
「海馬恐るべし」
とメールが来た。さすが医学の研究者らしいお言葉で。
(記憶の保管庫が海馬なのか、大脳皮質なのかはさて置いて。)
 
とりあえず、もう大丈夫だろうと診察の翌日森に行ってみたら、こんどは昆虫の研究者が草むらを覗き込んでいるので、
何がいますか?と訊ねると、
タマゴタケ
と。
それ、2年越しで会いたかったキノコだ!
と興奮してしゃがみ込んだらまた激しい頭痛に見舞われた。
わかりやすいなぁ…この頭。
 
しばらく何事にも動じない、静かな日々が必要だ。
ああそういえば、今日はこの後、名古屋に住む姪が
「すや」の栗きんとんを持ってきてくれるんだった。嬉しすぎる。。。くわばら、くわばら。

タマゴタケ